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2001年 9月

マラウィ調査後記:地元住民との対話の大切さを学ぶ  君島 崇


 開発コンサルタントとして、発展途上国の農業開発や地域開発の計画立案のお手伝いをして18年になる。この間、29ヶ国で様々な調査、計画立案の仕事に携わってきた。その内容は、相手国政府の国策レベルの大きな仕事から地方農村の農民たちの生活水準向上を目的とした小さな仕事まで、と毎回異なるが、いずれも社会的な責任が大きく、何度やっても息が抜けない。シンドイと言ってしまえばそれまでだが、それだけに仕事が終わったときの達成感は非常に大きく、大変やりがいの感じられるものである。

 最近経験した小さな仕事の一つに、1998年度から3年間にわたり携わったマラウィでの調査がある。この調査は、アフリカ諸国で農業開発にかかわる協力をしていくうえで、どのような手法を用いれば持続性が確保できるか、という課題を背負って1993年度以来5ヶ国で実施されてきた、農水省による総括的な調査であった。この調査で、私は5人の調査団の団長を務めることになった。

 持続的開発は、地元住民の開発への主体的な参加によって可能となると考え、調査の全ての段階で村民と会合を持ち、地元住民を計画作りに巻き込むようにした。彼らの話を基に様々な仮説を立てながら計画の素案を作成し、それを提示して彼らの意見を聞きながら軌道修正していく作業は実に楽しいものだった。その成果の一例をお話しよう。

 現状調査から明らかになった村の問題に、食料不足と安全な生活用水の不足があった。灌漑水がないため、6ヶ月間続く乾季には作物がほとんど作れないのである。また、地下水に依存する生活用水は、乾季には井戸がかれ、雨季には雨水と共に泥水も混入するために質が悪く、コレラや下痢などの疾病が増えていた。

 こうした問題を解決するために、私たちは手押しポンプ付き深井戸を建設し、それを生活用水と灌漑の両方に使ってもらうことを提案した。安全な水の供給により、水由来の疾病の発生を低下させる一方、小面積ながら乾季の作付けが可能となると考えたからである。この提案は彼らの全面的な支持を得て、現地の業者に建設を依頼することになる。

 井戸が完成した後の乾季調査で再度現地を訪れたとき、農民たちは私たちを歌と踊りで迎えてくれた。彼らは自らの手で井戸の近くに見事な共同圃場を設営し、様々な野菜を作付け、井戸水で灌漑していたのである。安全な水も手に入れ、農民たちは大喜び。野菜は現金収入源となるばかりでなく、自家消費され食生活の栄養面も改善されたと、女性農民の一人が語ってくれた。

 私たちが行ったのは手押しポンプつき井戸の供与であったが、地元の農民たちはその水で自分たちが何をすべきかについて、私たちとの対話を通じて理解していた。改めて、開発の主役たる地元住民との対話の重要性を認識した調査だった。


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2001年 9月

コンサルタントの百姓修行  君島 崇


 一口に農業と言っても、その間口は非常に広い。気候や土壌などの自然条件、農業の経営形態、栽培作物、営農技術、経営収支、投入資材や生産物の流通、市場へのアクセス、収穫後処理、農産加工、灌漑・道路などのインフラ、研究・普及、更には生活における男女の役割や農民組織・土地制度などの社会的側面に至るまで、まんべんなく目を配ることはいつになっても消耗する仕事だ。

 確かに経験を積むことにより、途上国に共通する問題を大きなくくり≠ニして整理できるようになる部分もあるが、いつも思い悩むのはやはり開発の主人公である地元の「人」にかかわることである。地方都市に育ち、農業の原体験を持たない私にとって、農業を主な収入源とする農民がどのような生活をして、何を考え、何を望んでいるかを想像するのは容易なことではなかった。

 農民や農村住民が抱えている問題や意識については、これまでも聞き取りや集団討議などを通じて調査してきたが、その結果から彼らのニーズを満たすような課題を見つけ、自信を持って案件形成につなげられたケースは少なかった。これは、大学で身に付けた学問的知識のみで、実際の農業・農村との接点が希薄だった私自身の問題であったと考えている。

 コンサルタントを職業として割と早い時期に、そのことに気付いた私は、農業と身近に接することができる環境に身を置きたいと思うようになり、遅まきながら1995年3月に長野県穗高町へ移住し、百姓修行を開始した。生活は一変した。天候次第で変更を余儀なくされる農作業、天気予報に一喜一憂する毎日、農繁期における早朝から日没までの長時間労働、曜日とは縁のない作業暦、農繁期と農閑期との生活のギャップ、作物の愛おしさ、収穫の喜びと自然災害の恐ろしさ、等々。最初は隔たりを感じていた近所の農民との語らいも、最近は意識しなくとも彼らと同じ目線で話せるようになってきた。

 長年の経験を持つ地元の農家から見れば、甚だ心許ない農業に見えることだろうが、私にとっては貴重な経験である。学ぶべきことはまだまだたくさんあるが、この経験を海外での仕事に生かせるよう、私の百姓修行はこれからも続く。


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