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その日は最高の始まりだった。朝6時ごろ起き、マサチューセッツ州クインシーにあるワラストンビーチ沿いをジョギング。遠くにボストンの街並みの輪郭が見える。ジョン・ハンコック・タワーとプルデンシャル・タワーの両方が、瑠璃色とルビー色の空に向かって地平線からそびえ立っている。頭上を、ローガン空港から飛び立った旅客機が通り過ぎる。
朝食後、講習中の大学のセミナーで宿題として出された短い物語を書くため書斎に行く。主人公の中国での劇的な愛と亡失の足跡と、自由の国アメリカでの新生活について思いふけっているちょうどそのとき、親しい友人の一人から「テレビをつけてみろ」と電話がかかってきた。「何かとんでもないことが起きているぞ!」と言う。
階段を駆け降り、テレビのリモコンを押すと、世界貿易センタービルの1棟が崩壊した映像が画面に飛び出してきた。ピーター・ジェニングスが、世界貿易センタービルとペンタゴンが空から攻撃されたと伝えている。
私の最初の反応は、信じられない、だった。本当のはずがない。そして、2機目がもう片方のタワーに突っ込み、激しい炎が炸裂する映像の録画が目に入る。すぐさま電話をつかみ、投資銀行の副社長としてタワーの1棟の40階にあるオフィスで働いている弟に電話をした。話し中だ。弟が奥さんに電話していることを期待して家の番号をダイヤルする。また同じ、話し中で通じない。目はテレビの画面にくぎ付けのまま、ただダイヤルし続けた。もう1棟のタワーが巨大なキノコ型の塵煙の中に崩れ落ちるの見たとき、深い悲しみに押しつぶされた。堰を切って弟の思い出が心の中に流れ込み、私は泣きながら、狂ったように再ダイヤルボタンを押し続けた。妻が電話を私の手から取り、「私がダイヤルするから、あなたは電子メールで弟さんに電話をくれるよう連絡したら」と言う。すぐさま書斎に戻って妻の言うとおりにすると、また居間に駆け戻り、妻がダイヤルし続ける傍らテレビのニュースに見入っていた。
あのツインタワーが破壊されてしまったなんて信じられない。もう何年も前、私と妻が明るい夢とアメリカでの新しい生活へ大きな希望を抱いて中国から来たばかりの新米の移民だったころ、初めてのニューヨーク旅行であのビルを訪れたのだ。その時、妻は英語もろくに話せなかった。その一つのビルの屋上からは、自由の女神、エリス島、そしてニューヨーク証券取引場が見渡せた。後になって、そのビルの最上階のレストランの一つが世界中で最もロマンチックな場所の一つだということを聞いたとき、大きな結婚記念日には妻を連れて行くぞと一人心に誓ったものだ。
次に貿易センターを訪れたとき、中国の貿易商社に勤める友達に会い、そこには多くの国際企業があることがわかった。自分自身も、そこで貿易会社を経営することを夢見た。
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テレビの画面では、人々が走り回り、泣いている。私は突然、ツインタワーの1棟に大学時代の同級生の奥さんのオフィスがあることを思い出した。彼女には最初のニューヨーク旅行中に会っている。そのころ彼女はシラキュース大学で修士号を取ったばかりで、やる気にあふれ、夢の実現に向かって満を持していた。彼女は、本職の教授職の傍ら、週末にはハンター大学の近くの蚤の市で衣服と靴を売っていた。彼女に会いにその市を訪れ、彼女が複数の客に同時に商品を売ろうとする様を眺めたことを思い出す。そのクラスメートも奥さんも事業の経営にとても忙しく、もう数年会っていなかった。奥さんが本職を辞め、世界貿易センターにオフィスを構えるまで二人の事業が大きくなったと聞いたとき、私は妻に、また一つすばらしいアメリカン・ドリームが実現したね、と言ったものだ。
私を不安からそらすよう、ボストン大学に行って授業に出るよう妻が促す。大学に着くと、講堂はほとんど半分空っぽだった。教授が、世界貿易センターに誰か知っている人はいないか、と私たちに聞く。結局、そこで働いている人を知っていたのは、中国系アメリカ人の私一人だった。センターが国際的なオフィスビルであることを教授は知っていたのだろうか。私は、弟に関する連絡を待っていたので、携帯電話の電源を入れたままにさせてもらえるよう教授に頼んだ。授業の途中、妻から弟の無事を知らせる連絡が届く。その報告に礼を言い、何事もなかったように講義を聞き続けた。
その午後遅く家に戻ると、私の同級生の奥さんの安否を知るため何人かに電話をかけた。何の情報も得られない。疲労感を覚え、明るいニュースを期待してテレビを見続けるが、そんなものは出てこない。ローカルテレビ局の報道によると、更なる攻撃を恐れ、ボストンの高層ビルから人々が退避させられたと言う。夜遅く、妻が目覚め、私に眠るよう促す。弟が無事だったのに
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彼は仕事に遅れ、あの破滅的な攻撃が起きたときにはニュージャージーで電車の中で立ち往生していた
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なぜ私がまだ心配しているのか怪訝のようだ。私は妻に、これほど大勢の人間がわずか数分で殺されてしまったことに不安を覚えるのだと言う。私には、ほんの一握りの狂信者がどうしてこうやすやすと自分たちの自由を脅かすことができたのか理解できない。新しい移民たちがあのタワーの上から自由の女神を見ることはもう絶対できない、ということがどうしても想像できないのだ。半分眠っている妻が繰り返し私に聞く、「彼らはどうしてあんなことをしたの」と。残念ながら、私みたいな普通の人間には答えられない。
本当に、最高の一日になったかもしれないのに。
(訳:T.S.) |