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「これからの開発コンサルティング」という話が成り立つためには、「これまで」及び「現在」の開発コンサルティングに対する認識が前提としてなければならないリクツである。しかし本書は、そのような認識が社会一般に広範にはない、ということが前提となっている。即ち、本書をものする一つの直接的動機は、これまで比較的知られていない開発コンサルティングに対しての社会的認識を深めたい、ということにある。
この動機の背景には、二つの相互に関連する最近の事象がある。一つは、日本の開発援助(ODA)に対する認識が高まり、多くの人が関心を持って論じるようになったことである。もう一つは、国際情勢が激動する中で、世界の社会・経済に対して日本が果たすべき役割が改めて模索されていることである。
日本のODAについて政府関係者をはじめ、研究者、ジャーナリスト、商社等の民間企業幹部やスタッフ等、様々な人達が議論するようになった。それまで一部の関係者がやや自虐的に「援助村」と呼んでいた対象に社会の目が向けられるようになったのは良いことではある。しかし多くの議論の中には、事実誤認や知識不足、それに基づく的はずれの批判も少なくない。この中で奇妙なことに、近年の急速なODA拡大を一面で支えてきた他ならぬ開発コンサルタントが、これまでのところ概ね沈黙を守っている。これにはニ〜三理由がある。
一つには、開発コンサルタントはその業務の性質上海外出張が多く、また主としてODA関連業務をこなすために余りに繁忙で反論しているヒマもないということがある。もう一つには、ことさら議論をしなくても、仕事そのものが自らを語っている、と達観しているということもあるかも知れない。日本の多くの開発コンサルタントはもともと実直なエンジニアである。仕事そのものに語らせ、仕事について語るのは潔しとしない気風もあると思う。しかしこれからはそれではいけないだろう。
ソ連のペレストロイカ、東欧に始まり各地に拡がった民主化改革、湾岸戦争等を大きな契機として、日本が世界の新しい秩序の中で果たすべき役割が模索されている中、開発協力を通じて国際社会に貢献することは、日本が取るべき一つの方法であると思われる。しかしこのことは単にODAの供与額を増加させるだけで済むことではないし、まして他国の指示のもとで世界秩序を守るためのコスト負担をすることでもない。日本としての主体性をもって、いかに効率的で効果的な開発協力をするのかが問われる。即ち、いかに相手国にアピールし評価される開発協力をするか、ということだ。 |
これらの背景をふまえて本書で一貫して論じていることは、いかに人を生かすか、ということである。開発コンサルティングという仕事について述べることを通じて、人を基本とする開発協力の本質を明らかにし、開発協力によって日本の国際社会への貢献度をいかに高めるかを論じるのが主眼である。
開発コンサルタントがODAを一面で支えてきたとはいえ、その実績にのみによって国際協力に充分貢献して来たのだ、と主張することは厚顔というものだろう。反省すべき点、今後努力すべき点は少なくない。しかしそういう現状ではまだ至らないという認識が、開発コンサルタントが何を目ざし、開発コンサルティングが本来いかなるものか、についての論理をにぶらせてしまっては開発協力の本質を明らかにするという目的にも沿わないことになってしまう。本書のタイトルを敢えて「これからの開発コンサルティング」としたゆえんである。

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